若林恵に聞く、テクノロジーとカルチャーで未来の都市を耕すには

若林恵に聞く、テクノロジーとカルチャーで未来の都市を耕すには

インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:豊島望 インタビュー・編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)

メディアの価値って、声の大きさではなくて、「耳の良さ」に宿る。

―若林さんは、ロンドンのDIYなアーティストのコミュニティスペース「トータル・リフレッシュメント・センター」(以下、TRC)など、海外で活気ある文化の拠点もさまざまに取材されてきました。そうした場所を訪れて、面白い場所の条件をどう感じていますか?

若林:ありきたりな言い方ですけど、結局文化を作るのは人だということかなと思います。いくら「こういう都市」を作ろうと開発業者がイキんだところで、それを体現する人や、人の集団がいないことにはどうにもならないわけで、そういう意味で、都市の開発なんていうのは、ある種の自生性に委ねるしかないところがあるわけです。

TRCも、たまたまそういう場所を誰かが作って、そこにたまたま集うようになったのが、ジャズ界隈の人たちであって、その人的ネットワークが、ひとつの新しい文化圏域を作っていったということで、もちろん、ある程度の規模になっていくにあたっては、メディアや行政の積極的な後押しも出てくるのですが、それも、基本は「そこにあるものを育てる」という発想で、ないものを無理やり出現させる、というようなものではないんです。(参考記事:『New School of Music | 新しい音楽の学校』より、「DIYという言葉は美しい:新しい音楽の学校・ロンドンツアー19レポート(柳樂光隆)」)。

そうしたときに「場」というものがもつ力はやっぱり大きいんですね。TRCは、非常にゆるい運営になっていまして、事前に決められた方向性があるようなないようなというなかで、似たような指向性の人が集まってくる場になり、そこに場=集団としての個性が生まれてくるんですね。

若林恵

若林:そういえば最近、アメリカの音楽プロデューサーでギタリストのブレイク・ミルズが関わるアルバムが数か月間に何枚も出ているんですが、ミルズ本人のソロ作からPerfume Geniusやフィービー・ブリジャーズといったアーティストが、その周辺に集まっていて、一種「コレクティブ」みたいな感じになっているんですね。音楽ジャンルの統一性がものすごくあるというわけではないのですが、通底したい感覚、匂いはあって、そうした「匂い」がある文化圏の個性であるならば、それは決して外部から設計したり、デザインしたりはできないもので、それを無理やり設計してやろうとなると、雑な感じで「ジャンル」で区切るしかなくなるんですね。

ブレイク・ミルズ『Mutable Set』(2020年)を聴く(Apple Musicはこちら

若林:ちなみに、ヒップホップでは、いま、バッファローというニューヨークの北の小さな街のシーンがすごく盛り上がっていまして、中心人物はGriseldaというグループの兄弟なんだけど、面白いのは、彼が最初に始めたのは、音楽ではなくて「CLASSIC MATERIAL NY」というアパレルの店舗なんですね。

その店が盛り上がったあとにラップもやるようになったんですが、1990年代っぽいものすごく古臭いオールドスクールなヒップホップで、「こいつら、本当にここで時間が止まってしまっているんだな」っていう感じが、長いことロクな産業もないまま停滞してきたバッファローという町そのものを表している感じがするんですね。そこには非常に濃密に「固有の匂い」があるわけです。

若林:Griseldaにせよ、TRCにせよ、DOMMUNEにせよ、それをいくらマーケティング用語で解析、分類しようとしても、その「匂い」の正体にはたどり着かないですよ。でも、わかる人には、TRCの「匂い」やDOMMUNEの「匂い」は、すぐにそれと察知できるわけですね。マーケティング用語なんてのは、基本それがわからない可哀想な人(笑)に説明するためのただの方便なんですよ(笑)。

―まさに、若林さんが紹介されたグラスルーツなカルチャーに対して、メディアや企業が主体となって仕掛ける文化はなかなか上手くいかないという印象があります。

若林:よく企業から、「オウンドメディアをやってください」という話が来るんですけど、基本断っちゃうんです。というのも、メディアの捉え方が間違っていると思うからで、企業はメディアを基本「発信装置」だと思っているんですよね。

なので、メディアを作れば自分たちの声がもっと届くだろう、と、まあこういう想定をしがちなんですが、その発想がどれだけ下品かというと、みんなでカラオケ行って自分の番になったときだけ、自分のボリュームをあげる、というのと似た発想だからで、そんなヤツ鬱陶しいだけじゃないですか。「自分たちの声が届かないのは、自分たちの声が小さいからだ」って思って、どんどん声をでかくしていかねばって、高額の拡声器を買い続けるヤツと友だちになんかなりたくないですよね?(笑)

メディアの価値って、「声の大きさ」ではなくて、「耳の良さ」に宿るんですよね。『週刊文春』をみんながこぞって読むのは、声がでかいからではなく、そこが、ほかが聞き逃したり、見逃したりしている情報を掴むことができているからですよね。つまりは、アンテナの精度の高さであって、受信装置としてのクオリティなんですよ。

若林:編集部というのは面白い組織体で、社会のなかからひたすら面白い人やもの、知られていないような情報を集めてきて、その何が情報として価値があって、社会にとってなぜその情報が重要なのか、といったことをひたすら議論している場所なんですよね。そして、それを記事化していくなかで、より思考の精度もあがり、それによって、さらにアンテナの解像度も高くなっていく、ということを延々やり続ける場所なので、まあ、やってる側にとっては、これはひたすら学びのプロセスなんですね。で、オウンドメディアの話に戻しますと、企業に必要なのは、でかい声ではなく、むしろそうした「感度の良い耳」であるはずなんです。

―外向けの情報を作る前に、自分たちのアンテナの感度や解像度を上げるべきだ、と。

若林:ですです。だって、会社員って、総じて世の中がどうなっているのか、まじで知らないですもん。そのくせ、「若者の本音が知りたい」とか言うわけですよね。

でも、さっき言ったみたいに、マーケティングの言葉をあてにしてるような人は、そもそも「世の中の匂い」がわからない可哀想な人たちなわけですから(笑)、そんな人たちに本音を言ってみたところで伝わるわけもないんですね。なので、まずは、ですね、そういう匂いを嗅ぎ分けられるように受信機を正常化しないと、どうしようもないんですね。って、この比喩でいうと「耳」ではなく「鼻」ということになりますが(笑)。

若林:っていうのも、本当に市場という非常にデリケートな空間を相手に、基本短期の勝負を挑もうとしてる「ビジネスマン」の「鼻が効かない」って、そもそもビジネスマンの社会的役割を放棄してるようなもんじゃないですか。で、発信の技術ばかりうまくなったところで、世の中うるさくなるだけですから。

もちろん、企業にも情報感度の高い人はたくさんいるんですが、企業のみならずあらゆる組織にとって今後ますます問題となってくるのは、組織内部の情報格差だと思うんですね。これがなぜ問題かといえば、戦略や戦術を練って、実行しようとなっても、そもそもがみんながてんでバラバラな地図を手にしていることになるからです。そういう意味でもメディアをやるなら、受像機の解像度をちゃんと揃えて、その上で共通のマップを手に入れるためにこそやらないと意味ないんですよ。

―しかし、やはり企業は発信をしたがりますね。

若林:結局、企業は相変わらず人を「財布」としてしか見ていない、ということだと思います。従来の広告のやり方、つまり、「大きな声を出したやつが勝ち」というトップダウンの情報コミュニケーションの時代は、それでよかったんだと思いますよ。

でも、双方向メディアになった瞬間、そのやり口はもう通用しないんですけどね。多くのビジネスマンが広告代理店の手法を知らぬ間に内面化しちゃって、本当の問題はソフトやコンテンツの問題であるところ、「すべてはコミュニケーション技術で解決できる」と考えるようになっているんですね。これ実際、相当深刻な病理ですよ。

若林恵

プロフィール

若林恵(わかばやし けい)

1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社、『月刊太陽』編集部所属。2000年にフリー編集者として独立。以後、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。

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