中沢新一が語る新しい都市生活 人 と 自然 の適切な距離感

中沢新一が語る新しい都市生活 人 と 自然 の適切な距離感

インタビュー・テキスト
島貫泰介
編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

人間と地球全体の節度あるディスタンスがそもそも失われていたことが問題です。

―お話をうかがっていると、大切なのは「いかにウイルスと戦うか?」ではなく「いかに共生するか?」であるように感じました。

中沢:with コロナ、といわれている通りですね。人間の世界になぜこんなにウイルスが出てきてしまっているかといえば、森と人間の関係が変化したからでしょう。ウイルスの多くは、コウモリや猿といった森に住む動物がそもそも体内に持っているものでした。その森に対して人間が開発や伐採のために侵食していく過程で、ウイルスが外に引っ張り出されてしまった。こういう事態は、近代以前まではそう簡単には起こりませんでした。人間が森の近くに、あるいは森の中に住んでいてもこのようなパンデミックは起こらなかった。それは、森との適切な距離が守られていたからで、そこには人と森の節度のある関係性があったのです。

経済成長のために国家や企業が森林伐採を推奨して、木を「木材」というお金に換算できるものとして見るようになっていく過程で、その節度は失われていきます。森がプランテーションや耕作地に作り変えられると、そこで生きていた動物たちが行き場を失い、森の外へと迷い出てくる。アフリカのエボラ出血熱やエイズもそうやって起きたものでした。こういった事例を見ていても、共生のためにはやはり「距離」が重要であるというのがわかります。

―動物や植物といった自然とのディスタンスについても考えなければならない。

中沢:そのように考えていくと、視点も多様になっていきます。家を一軒立てるにしても大量の木材を伐採する必要があり、「都市で生きるとはなにか?」という問いが生まれてくるようにね。本質的な問題は人間と地球全体の節度あるディスタンスがそもそも失われていたことなのではないでしょうか。

「エポケー(判断停止)」を生かした日常を構築することが、これからの日本に求められています。

―では、これから先にどのような都市生活、都市空間が求められるでしょうか?

中沢:まず具体的に必要なのは、都市内の集中度をゆるめて、隙間を作ること。これまではたくさんの箱(ビル)を作って、その中に人間を収めていくのが主要な建築の思想であったし、建築家もそれを疑わなかった。けれども密集を避けるには隙間を意識する必要がある。これは建築やインテリアのかたちを変えていくように思います。

そしてこれは大変素朴な発見ですが、今回のリモート生活の中で、人間というのは結局のところ食べること、寝ることに集約される存在だとわかりました。食べることがいかに楽しいか、寝ることがいかに嬉しいかってことを実感しませんか?

―たしかに。僕も外食をしなくなって、ほぼ100%自炊で過ごしていますが、いちばん気が和むのは、料理をして食べる時間。それからやっぱり眠る時間です。

中沢:現象学に「エポケー(判断停止)」という概念がありますが、コロナ以前の生活をエポケーする機会を、今回のことで誰もが体験することになりました。会社にみんな集まって仕事をして、時間になるとそれぞれ分かれていくっていう、これまで当たり前に受け入れてきた習慣が、この2、3カ月のあいだエポケーの状態になってしまった。そうすると「これまでの生活はなんだったんだ?」という気持ちに深く駆られていく。はっきり言葉に出している人は少ないですが、たぶんほとんどのサラリーマンが自分たちに刷り込まれたものが解消されていく予感を抱いているのではないでしょうか。

台湾のデジタル政策を主導するオードリー・タンさんの活躍などを見ていると、いまだに日本でしつこく残っている無駄な物事を考えてしまうし、そういったものが省かれた社会の風通しのよさを感じます。残念なことに、タンさんのような人物が日本では登場しなかった。いないわけはないと思うんだけれど、表舞台に出ることはなかった。この事実は、これから日本がなにをすればよいかを明確にしていると思います。

―それは情報技術といったテクノロジーの必要性でしょうか?

中沢:必要なもののうちの一つ、ですね。少なくとも日本ではそこがまったく不十分でした。日本人はつまらないことを大事にして残してきたんです。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、コロナ対策に関して「戦争」という表現を多用しましたが、戦争が始まるときには人間の生活形態も一気に変わらざるをえません。徹底的に無駄を省き、感情の揺れを極小にして、昔から引きずってきたものを全部捨てていく必要があります。この「戦争」を通して日本人はいままでの生活をつくってきた多くの無駄なことをはっきり見届けています。

そこからの脱却を進めていくためにITは大きな助けになるでしょう。また、それは同時に人間にとって本当に必要な次のものを示唆する機会を生んでくれるとも思います。ITがもたらす人間を遥かに超えた計算能力と、人間の本質的な身体や食の問題が、明確に分化されることで並走的・多層的に思考できるようになる。そんな予感が僕にはあります。

プロフィール

中沢新一(なかざわ しんいち)

1950年山梨県生まれ。宗教学・人類学・民俗学・現代思想など、学問の枠を超え、体当たりで人間の「こころ」を探る研究で知られる。主著に『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)、『対称性人類学-カイエソバージュV』(小林秀雄賞)、『アースダイバー』(桑原武夫学芸賞)など多数。近著に『レンマ学』がある。2011年より明治大学・野生の科学研究所所長。

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