コロナ禍、ウェルビーイングの調査結果が示した意外な結果
わたしは今年の4月から7月末の春学期において、学生たちのウェルビーイングがどのように変化したのかをアンケート(質問内容:「コロナ禍のウェルビーイングを考える」アンケート)で聞いてみることにしました。わたしが勤める大学と、もう一箇所、九州の大学でそれぞれ400人、合計で800人ほどの学生たちに回答してもらったところ、意外にも総じてウェルビーイングは劇的に下がっていない結果になりました。
むしろ、微妙な差ではありますが、現在の生活のなかでもポジティブな感情を抱いて生活できている人の方が多いくらいです。オンライン授業で何人かに話を聞いてみると、他者とのコミュニケーションに関する不満の声が多く出ますが、アンケートではさまざまなツールを使って友人たちとつながれて、なかにはコロナ禍以前よりも友だちと良く話ができているという人も少なくありませんでした。また、コロナ禍以降において、一人の時間を持てるようになり、そのことが心に平穏をもたらしていると答えてくれた人も多くいました。
もう1つ、興味深い兆候が見つかりました。このアンケートでは、回答者の方々に、自分にとってのウェルビーイングの因子を3つ定義してもらう欄を設けています。事前に、ウェルビーイング研究の概要についての講義を行なっており、さまざまな理論に関する最小限の情報を踏まえた上で、自分自身の心が満たされる要因を考えてもらうのです。
このウェルビーイングの因子の定義をしてもらう部分については、コロナ禍以前、2年前から昨年にかけて、約1300人の日本の大学生にも同じことを聞いていました。その時には、集めた3900個の因子を、「I」「WE」「UNIVERSE」の3つのレベルに分類しました。
I:食欲や学習欲など、個人のなかで自己完結する因子
WE:友人や同僚といった他者との関係性に関する因子
UNIVERSE:社会の平和や自然環境の保全など、生活圏を超えたところに存在する因子
コロナ禍以前の調査では、3つの因子が全てI、つまり自己完結する人の割合は37%で、3つの因子のうち1つでもWE、つまり他者が関係する因子が入っている人の割合は59%でした。
コロナ渦以降にふたつの大学で取ったサンプルでは、3つともIの人の割合は24%に下がり、3つのうち1つでもWEの人の割合は約75%でした。
これはまだきちんと分析を完了していない、速報値的なものです。また、前回のアンケートは対面で話したうえで、他の人がいるなか、その場で手書きで記入してもらったのに対して、今回のアンケートは、オンラインで、ウェブアンケートに一人で回答してもらうなど、環境の違いが影響している可能性もありますので、なにも断言はできません。
ウェルビーイングを考える上で重要なのは、他者の存在
それでも1つの可能性として、この2つの調査の違いは、コロナ禍において人々が他者との関係性をより強く求めるようになったことを表しているのかもしれません。また、それは他者との接触が希少になり、その価値を噛みしめるようになったからなのかもしれません。
そして、この結果になにより個人的に希望として感じるのが、ウェルビーイングを考えることは自分だけではなく、他者の「良い心の在り方」をも考える実践だということです。なぜなら、ウェルビーイングとは一部の研究者が理論化するだけでなく、子供から大人まで、誰しもが互いの心の在りように注意を向けるためのヒントとしての側面の方が重要だと考えるからです。個々人が自分だけの幸福を追求するようになる未来はある意味、ディストピアではないでしょうか。
一方で、他者のウェルビーイングに寄与することで自らのウェルビーイングが高まるという研究も昔から存在します。もちろん、ウェルビーイングのかたちは人の数だけ多様であり、全員が同じ価値観を共有する義務も必要も存在しません。
むしろ、個々人が互いに異なる部分を認め、許容し合えるようになる方が先決でしょう。その上で、物理的に人と出会うのが困難になった今だからこそ、わたしたちは互いのウェルビーイングが重なり合う領域を見つけられるようになるのかもしれません。
ウェルビーイングとは、ただそれについて考えるだけではなく、言葉にしたり、人と話し合ったりすることによって、自分の心の動きを見つめ直すきっかけにもなるのです。コロナ禍を経たこれからの社会においてこそ、自分以外の他者の心の動きにも注意を向け合い、よりよい心の在り方を学び合う機会が増えていければと考えています。
プロジェクト情報
- 「コロナ禍のウェルビーイングを考える」アンケート
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ドミニク・チェンが実施しているアンケート。ウェルビーイングについては、ただ考えるだけではなく、言葉にしたり、人と話し合ったりすることによって、自分の心の動きを見つめ直すきっかけにもなる。
プロフィール
- ドミニク・チェン(どみにく・ちぇん)
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博士(学際情報学)。早稲田大学文化構想学部准教授。一貫してテクノロジーと人間の関係性を研究している。近著に『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)、共著に『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために: その思想、実践、技術』(ビー・エヌ・エヌ新社)。2020年10月16日から2021年3月7日まで21_21 DESIGN SIGHTでディレクションを務める『トランスレーションズ展―「わかりあえなさ」をわかりあおう』が開催。