VRスポーツ観戦の未来。『バーチャルハマスタ』を振り返る

VRスポーツ観戦の未来。『バーチャルハマスタ』を振り返る

2020/10/14
テキスト
田中一広
編集:矢澤拓(CINRA.NET編集部)

2020年8月11日と9月29日の計2回、横浜DeNAベイスターズとKDDIがタッグを組み、VR空間で試合を観戦する『バーチャルハマスタ』の無料トライアルを実施した。

『バーチャルハマスタ』とは、VR空間上にもうひとつの「横浜スタジアム」を構築し、その中で多くのファンが球場の雰囲気を楽しみながら試合観戦ができるというもの。初回の8月11日当日は、横浜スタジアム収容人数とほぼ同数の約3万人が参加し、このイベントを楽しんだ。

この試みは、新型コロナウイルス対策であると同時に、スポーツ観戦の新たなスタイルを提案するものといえるだろう。今後はスタジアムに行かなくても、好きな場所でこれまで楽しんできたような臨場感あふれるスポーツ観戦ができる可能性がある。本記事では、今回のイベントを振り返りながら、スポーツ観戦の今後について考察していきたい。

自宅からアクセスし、VR空間の球場内でパブリックビューイングを楽しむ

『バーチャルハマスタ』への参加は、専用アプリ『cluster』を用いてスマートフォンやパソコン、VRデバイスを使って行なう。ログインすると、スタジアムの外周からアバターを操作することができ、エントランスやコンコースなど、実際スタジアムで通る道筋を再現。

また、グループ観戦機能によって、VR空間内で会話しながらの試合観戦が可能になっていた。実際の野球観戦は、スタジアムのグラウンドに設けられた大型ビジョンで見ることができる。つまり、「VR空間上で楽しめるパブリックビューイング」といえるだろう。

カウントダウンとともに、グラウンド上に大きなビジョンが登場する
カウントダウンとともに、グラウンド上に大きなビジョンが登場する

「スポーツ観戦」の楽しさは観るだけで成り立っているわけではない。その場の空気感や、一緒に観戦している仲間とのコミュニケーションといったことまで含めて、「スポーツ観戦」だ。

新型コロナウイルスの感染拡大によって、場の空気を楽しんだり、コミュニケーションをとることが困難になってしまった。『バーチャルハマスタ』は、現実の野球観戦の楽しさをVR技術によってできる限り再現しようとしたわけだ。

バーチャル空間だからこその演出が、新たな楽しさを作り上げる

実際の「スポーツ観戦」の楽しさを再現しようとしても、VRではどうしても限界がある。『バーチャルハマスタ』には、その限界を逆手にとったVRならではの演出が盛り込まれている。

たとえば、ジェット風船など、現在、実際のスタジアムではできない応援を行なうことができたり、現実に換算すると20m規模にもなるDB.スターマン(横浜DeNAベイスターズの球団マスコット)や現役選手の巨大パネルなどが設置されるなど、現実では難しい演出を盛り込むことで、VRならではの楽しさが生み出されている。

第2回『バーチャルハマスタ』で客席からジェット風船が飛んでいる様子。
第2回『バーチャルハマスタ』で客席からジェット風船が飛んでいる様子。

今後のスポーツ観戦はどうなっていくのか? 『名古屋グランパス公式アプリ』の試み

『バーチャルハマスタ』は計2回に渡り、トライアル(一部有料コンテンツあり)という形で実施された。今後、本格的なサービス提供に向けて新たな要素が加わって体験自体が変化していくことが期待される。

今後のスポーツ観戦はどう変わっていくのか? その問いに対してのひとつの回答といえるのが、名古屋グランパスとKDDIが共同開発した『名古屋グランパス公式アプリ』だ。

『名古屋グランパス公式アプリ』でも、『バーチャルハマスタ』と同様、自宅とスタジアムを繋ぐ一体感の演出が試みられている。たとえば、選手のバス到着時やウォーミングアップの様子を公式アプリ内へ配信したり、ライブチャットによる観客同士や、クラブマスコットの「グランパスくん」とのコミュニケーションができるようになっている。

また、ファンから選手へ向けたコミュニケーションもフォローしている点が興味深い。ウォーミングアップ中や試合中、大型ビジョンやスタジアムの観客席前方に設置されたLEDには、事前に募集した「ファンが応援する様子」の画像が表示される。これによって、選手たちはより身近にファンの存在を感じられるという仕組みだ。

観客席前方にLEDが設置され、視聴者が観戦する様子が映し出される
観客席前方にLEDが設置され、視聴者が観戦する様子が映し出される

VRを使ったスポーツ観戦の取り組みは、実は新型コロナウイルス感染拡大以前から試みられてきた。その多くは、試合会場に360度カメラを設置して、VRデバイスへ映像を配信するというものだ。

360度映像であれば、視聴者はVRデバイスを使って、会場周囲をぐるっと見回すことができ、通常の中継カメラでは収まらない場所まで見渡せる。観客が応援する様子や、プレイとは直接関わっていない選手たちの表情も見ることができるので、実際のスタジアムに近い臨場感と会場の熱気を感じながらゲームが楽しめる。

ただ、現在は観客数を抑制した試合がとられることも多く、360度カメラでは会場の熱気を感じることは難しい。この前提を踏まえると、今回『バーチャルハマスタ』がとった、新たに作ったVR空間の中でスポーツを観戦するという方向性は正しいと言えるのではないだろうか。

その上で、どれだけ観戦の「熱気」を高められるかが、今後のカギとなる。「熱気」を高めるための手段のひとつは、臨場感を向上させることだろう。リアルな球場では実現できないようなド派手な演出があれば、より興奮できるのは間違いない。

しかしその一方で、どれだけ派手にしても、配信映像である以上、限度があるのではないか……とも思う。我々がなぜスポーツに感動し、アツくなるのかといえば、そこに筋書きがないからだ。

渋谷5Gエンターテインメントプロジェクトが実施した『バーチャル渋谷』では、『バーチャルハマスタ』と同じようにVR上の渋谷の街を歩くことができた

解決されるべき課題と、今後のVRスポーツ観戦に必要なコミュニケーション

選手と選手が日々の練習によって能力を高め、ぶつかり合う。どちらが勝つかは分からない。だから必死で応援するし、応援しているチームが勝った時には本気で嬉しく思える。つまり、そこにあるのは選手やチームと、私たち観戦者との「コミュニケーション」だ。

「コミュニケーション」こそが、スポーツ観戦の本質なのではないだろうか。そうだとすると、『名古屋グランパス公式アプリ』が持つ、ファンと選手とのコミュニケーションを高めていく方向にヒントがありそうだ。

選手、ファン、そして実況や解説、アナウンスといった要素が双方向のコミュニケーションによって結ばれ、しかもそれがVR技術の臨場感によって表現された時、スポーツ観戦の新たな楽しさが生まれるのではないだろうか。

もちろん、コミュニケーションのあり方そのものは模索しなければならない。だがVRスポーツ観戦の技術が進歩した先には、スポーツ観戦=実際の会場に観に行くか、中継映像を見るかしかなかったといったところから、新しい選択肢が生まれることになるだろう。これまで以上の興奮を感じながら、気軽に楽しめるようになる未来が待っていることも期待できる。様々な技術の導入と試行錯誤によって、今後のスポーツ観戦がさらにおもしろくなっていくことを期待したい。

サービス情報

バーチャルSNS『cluster(クラスター)』
「名古屋グランパス公式アプリ」

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