齋藤精一が語るテック屋の危機感「技術の時代こそ哲学を」

齋藤精一が語るテック屋の危機感「技術の時代こそ哲学を」

2020/04/23
インタビュー・テキスト
黒田隆憲
撮影:カド翔真 編集:矢澤拓(CINRA.NET編集部)

ビジネスやマーケティングの視点から話をする人ばかりで、「人間ってなんだろう」といった根本の部分を話す人がほとんどいないんですよね。

―今年10月に開催される『ドバイ国際博覧会』では、日本館のクリエイティブアドバイザーの1人に選出されましたよね。こちらもまさに現在進行中の国家プロジェクトかと。

齋藤:それと、2025年に開催予定の『日本国際博覧会(大阪万博)』でも「People’s Living Lab」という、広く遍くいろいろな方のアドバイスをもらうプラットフォームで、いわゆる有識者のヘッドを務めています。『文化庁メディア芸術祭 - JAPAN MEDIA ARTS FESTIVAL』でも、フェスティバルアドバイザーとして関わらせてもらっていますし、1964年の渋谷を再現するプロジェクト『1964 TOKYO VR』のような、文化を残す上で重要なプロジェクトにも、会社というよりは個人として参加しています。

『渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト』における『1964 TOKYO VR』では、au 5Gを活用し1964年の渋谷にタイムトリップできるXRコンテンツが提供された
『渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト』における『1964 TOKYO VR』では、au 5Gを活用し1964年の渋谷にタイムトリップできるXRコンテンツが提供された

―本当に、多岐にわたる仕事を抱えていらっしゃるのですね……。

齋藤:いずれにせよ、芯にあるのは技術的な案件です。5GやAI、自動運転やICT(情報通信技術)、アグリテックといった最近のテック系プロジェクトでは、新しいものをどんどん取り入れていくことを「よし」と考える人が多いんですよ。でも、僕が今やらなければならないのは、「そこから取捨選択をどう実行していくか?」だと思っているんです。今も5Gが話題ですが……これ、僕個人的には言うほど変わらないと思うんですよ。こんなこと言うと、今回の趣意に反しているかもしれませんが(笑)。

―大丈夫です(笑)。

齋藤:僕はKDDIが4Gを導入する時にきゃりーぱみゅぱみゅさんのCMやライブイベントなど手掛けましたが、4Gが普及しても、世の中はさほど変わらなかったじゃないですか。知らないうちに4Gがポケットの中に入り、日々の中で新しいサービスが生まれて知らないうちにみんな、スマホでNetflixを見ている。実は4Gの恩恵なのですが、便利なものは空気のように生活の中に浸透していくものだと思うんです。

増上寺でのライブイベント auテレビCM『FULL CONTROL / REAL』篇より
増上寺でのライブイベント auテレビCM『FULL CONTROL / REAL』篇より

齋藤:誤解を恐れずに言えば、続く5Gは「酸素濃度の高い空気」というか。そういう、テック屋の目線でいろんな角度から、「これは人間にとって必要か否か?」を取捨選択しないといけません。無闇に導入して「失敗だから撤退」ということを繰り返していると、数年のロスが出ちゃうんですよね。

―取捨選択する際の、判断の基準はどこにあるのでしょうか。

齋藤:端的に言えば、僕の感覚でしかない(笑)。今は「第四次産業革命」とも言われていますが、こうした時代の転換期には本来哲学が必要ですし、生まれるはずです。ただ、今は哲学を語ろうとする人よりビジネスやマーケティングの視点から話をする人ばかりで、「人間ってなんだろう」といった根本の部分を話す人がほとんどいないんですよね。なので、「人間はこうあるべきで、その周りにある街はどうあるべきか?」といったところを、僕なりに定義して進めているところはあります。

―まさしくそれは『CUFtURE』が注目し取り組んでいきたいテーマです。ただ、時代に必要な哲学まで考えるとなると、とても責任重大ですよね。

齋藤:はい。でも、とにかく今は「人新世(アントロポセン)」(人類が地球の地質や生態系に重大な影響を与える発端を起点として提案された、想定上の地質時代)の到来を唱える人もいるくらい「待ったなし」の状態だと思っています。実際、甚大な環境変化が世界各地で起きている。そんな時に、例えば「タクシーを空に飛ばそう」みたいな発想は、今すぐできる話でないなら一旦待ってくれと、実装タイプの僕は思うわけです。

齋藤精一

「崩壊するならしてしまえ」と昔の僕なら思っていたのですが、「そうならないためにはどうしたらいいか?」を考え始めていて……歳を取ったんですかね。

―そうした齋藤さんの思想を、行政はどう受け止めているのでしょうか。

齋藤:とても理解してくれていると思います。行政は捨てたものじゃないですね。一部、危機意識のない人たちもいるようですが(笑)。「なんとかしたい」「なんとかしなければ」と思っている若い人がとても多い。例えば渋谷だと長谷部(健)区長も率先して取り組んでいる『渋谷未来デザイン』みたいなものもありますしね。僕が考えることで同調できるところはもっと強化していきたいし、一緒に作っていきたいと思っています。

でも正直、懸念事項はたくさんあります。これだけあちこちで開発を推し進めている一方で、人口はどんどん減り続けている。しかも最近は新型コロナウイルスの影響で、日経平均がついに16,000円くらいになりましたが(3月19日現在)、もし今回のことがなくて無事に東京五輪が開催されたとしても、終わった時には景気が下がるのではないかと思っています。それでも忖度と既得権益でものを作り続けている状況はリーマンショックの時と同じで、どこかの構造が歪んだ瞬間、一気に崩壊しかねない。「崩壊するならしてしまえ」と昔の僕なら思っていたのですが(笑)、「そうならないためにはどうしたらいいか?」を考え始めていて……歳を取ったんですかね。

齋藤精一

―(笑)。先ほど「行政はとても理解してくれていると思う」とおっしゃいましたが、そういった土壌を作ってきたのは明らかに齋藤さんの功績だと思うんですよね。

齋藤:最近、いろんな人に「齋藤さん、政治家を目指してるんですか?」なんて言われるんですよ(笑)。もちろん、そんなつもりは更々なくて、僕たちがやってきたことの原点はそれこそグラフィティのような、ストリートカルチャーと同じだと思うんです。「プロジェクターがコンパクトになったなら、外で映画が観たいよね?」「じゃあ、やってみよう」というモチベーションから始まり、「でも、道路交通法があるから無理」「なぜ無理なんだろう?」という具合に問題解決を突き詰めていったら、数珠つなぎ的に行政までたどり着いちゃったというのが今の状態で。

本当にやりたいのは現場なんです。街が楽しくなったり、世界が面白くなったり、もっと世の中の無駄がなくなったりしてほしいと誰もが望んでいるはずで、それを現実にするためにいつの間にかこうなっていたというか(笑)。とはいえ、あくまでも僕は(行政の)外側の人間なので、内側にいる人と密に関わっていくしかない。そういう意味では、先ほど話した『渋谷未来デザイン』のように、行政と民間が一緒に中に入って協力し合っているのは希望ですね。

プロフィール

齋藤精一(さいとう せいいち)

1975年神奈川生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からNYで活動を開始。その後ArnellGroupにてクリエイティブ職に携わり、2003年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのをきっかけに帰国。フリーランスのクリエイターとして活躍後、2006年株式会社ライゾマティクス設立、2016年よりRhizomatiks Architectureを主宰。建築で培ったロジカルな思考を基に、アート・コマーシャルの領域で立体・インタラクティブの作品を多数作り続けている。2015年ミラノエキスポ日本館シアターコンテンツディレクター。現在、2018-19年グッドデザイン賞審査委員副委員長、2020年ドバイ万博クリエイティブアドバイザー。2025年大阪・関西万博People’s Living Lab促進会議有識者。

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『CUFtURE』(カフチャ)は、au 5Gや渋谷未来デザインなどが主導する「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」とCINRA.NETが連携しながら、未来価値を生み出そうとする「テクノロジー」と「カルチャー」の横断的なチャレンジを紹介し、未来志向な人々の思想・哲学から新たなヒントを見つけていくメディアです。そしてそれらのヒントが、私たちの日々の暮らしや、街のあり方にどのような変化をもたらしていくのか、リサーチを続けていきます。