自身の精神的、肉体的な苦痛を昇華した最新アルバム『Magdalene』。パーソナルな痛みがCGを駆使してファンタジックに描かれる
そうした文脈すべてを踏まえた上で、現時点でのFKA Twigsのビジュアル表現における最高峰が、最新アルバム『Magdalene』からのシングル“Cellophane”のMVだ。そこで彼女は、さらに新しい身体表現のチャレンジとしてポールダンスを披露している。
FKA Twigsの2ndアルバム『Magdalene』収録曲“Cellophane”MV(2019年)。監督はビョークのMVも手掛けたアンドリュー・トーマス・ホワン
監督はそれこそビョークの2017年の楽曲“The Gate”のMVで鮮烈な映像を提示したアンドリュー・トーマス・ホワン。CGを駆使した空想的な作風が特徴だが、“Cellophane”のMVでも空間デザインや途中で登場するスフィンクスの鳥の造形などにたっぷりCGが使われている。しかし、そこに己の身体ただそれのみで対峙するのがFKA Twigsなのである。その優雅な身のこなしに息を呑まずにはいられないポールダンスは圧巻だが、6か月にわたる訓練の成果であるそうだ。
『Magdalene』は彼女が経験した精神的または肉体的な苦悩を昇華する作品だとアナウンスされていたが、とくに後者に関しては、子宮筋腫の摘出手術を受けた経験が大きかったという。先述したスパイク・ジョーンズによるCMに出演した際は術後間もなく、かなりハードな仕事だったというから恐れ入る。『FADER』によるホワンへのインタビューによれば、“Cellophane”のMVにもそうした彼女のつらい経験が反映されているとのことだ。手術というのは、人間のテクノロジーでもある。
ビデオのなかで鳥に足を取られたFKA Twigsは、空中に投げ出され、どこまでも落ちていく。まるで永遠かのように。落ちた先で泥にまみれ、震える彼女の姿はもはや「人工的」などという場所からはるか遠く、どこまでも生々しい。けれどもそんな彼女のパーソナルな痛みはここで、テクノロジー(CG)を駆使してこそファンタジックに描かれ、眩い光を放っているのである。
女性の身体の脆さと強靭さ。テクノロジーに飲み込まれない、FKA Twigsが到達した表現の境地
新約聖書に登場するマグダラのマリアの複雑なあり様をモチーフとしたという『Magdalene』は、ひとりの女性の多面性を示唆する作品だと言える。だとすれば、そのビジュアルにおいては、女性の身体の脆さと強靭さが同時に表現されているのではないか。それは、どんなテクノロジーにも飲みこまれず、むしろその身体でもって融合したり乗りこなしたりして渡り合ってきたFKA Twigsだからこそ到達できた境地である。
そう遠くない未来に、わたしたちの身体とテクノロジーの関係はますます複雑に変化していくだろう。そのとき、わたしたちは自律性をもって進化を受け止められるだろうか。FKA Twigsのビジュアル表現には、そんな現代的な問いがパーソナルな形でこめられているように思えてならない。どこまでもエレガントに、スタイリッシュに、そして、フューチャリスティックに。
FKA Twigs『Magdalene』を聴く(Apple Musicはこちら)
リリース情報
- FKA Twigs
『Magdalene』日本盤(CD) -
2019年11月8日(金)発売
価格:2,420円(税込)
Young Turks / Beat Records
YT191CDJP21. thousand eyes
2. home with you
3. sad day
4. holy terrain ft. Future
5. mary magdalene
6. fallen alien
7. mirrored heart
8. daybed
9. cellophane
10. cellophane, Live at The Wallace Collection(ボーナストラック)