中沢新一が語る新しい都市生活 人 と 自然 の適切な距離感

中沢新一が語る新しい都市生活 人 と 自然 の適切な距離感

2020/07/03
インタビュー・テキスト
島貫泰介
編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

1980年代以来、宗教、人類学、芸術、哲学、さらにはサブカルチャーとも合流しながら、世界について思考し続けてきた中沢新一。ネパールでのフィールドワークから生まれた『チベットのモーツァルト』や、日本の大都市の古層を探る『アースダイバー』などに見られる、多様な知の体系と経験を結びつける研究活動は、しばしば「領域横断」的と称される。しかし、それは極から極へとスイッチしていくような、二分的な歩みではなかった。人と世界のつながりの関係を、大きな全体性の中で把握しようとするその姿勢は、さまざまなものが多様に移り変わる時代において、強い批評性と洞察を持つだろう。

2020年5月某日。いまだ収まることのない新型コロナウイルスの流行下で、中沢に話を聞く機会を得た。大半の人と同様に、外出を控えた地味な生活を送っているという中沢は、いまという時間と空間を、どのように見ているのだろうか?

今回のパンデミックは、ジオ的変化の中で必然的に起きたものです。

―『アースダイバー』(講談社 / 2005年)など、これまで中沢さんは人間と都市、自然、テクノロジーの関わりなどについて思考されてきました。その観点から、現在の新型コロナウイルスの拡大をどのように捉えてらっしゃいますか?

中沢:このパンデミックにはさまざまな側面がありますが、今後の都市生活にかなり大きな影響を与えると思います。阪神淡路大震災や東日本大震災、福島の原発事故も都市生活を見直す出来事ではあったけれど、今回はそれよりも根深い変化である気がします。この取材のようにリモートで仕事する環境が一般化したことも大きい変化ですが、ITを駆使した台湾や韓国のウイルス対策と比べて、日本のそれがあまりに脆弱だったのを見たことは日本人にとって衝撃的でした。また、PCR検査などの遅れから、感染病と戦うための組織体制が日本では十分に整ってなかったことまで暴露されてしまった。満員電車での通勤・通学、会社でのハンコ至上主義など、これまで日本で「当たり前」とされてきた慣習が、ガラガラと音を立てて崩れていく感じがします。

最近は「ソーシャルディスタンス」という言葉で距離を保つことの重要性が唱えられていますが、これは単に人と人との距離を保つことだけではありません。なぜコロナウイルスが今回のような状況を作ってしまったのかといえば、交通機関や通信手段やメディアによって地球全体が縮まって、密集してしまったからです。

中沢新一(なかざわ しんいち)<br>1950年山梨県生まれ。宗教学・人類学・民俗学・現代思想など、学問の枠を超え、体当たりで人間の「こころ」を探る研究で知られる。主著に『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)、『対称性人類学-カイエソバージュV』(小林秀雄賞)、『アースダイバー』(桑原武夫学芸賞)など多数。近著に『レンマ学』がある。2011年より明治大学・野生の科学研究所所長。
中沢新一(なかざわ しんいち)
1950年山梨県生まれ。宗教学・人類学・民俗学・現代思想など、学問の枠を超え、体当たりで人間の「こころ」を探る研究で知られる。主著に『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)、『対称性人類学-カイエソバージュV』(小林秀雄賞)、『アースダイバー』(桑原武夫学芸賞)など多数。近著に『レンマ学』がある。2011年より明治大学・野生の科学研究所所長。

―LCC(格安航空会社)やソーシャルメディアの発達ですね。

中沢:そうした技術によって限りなくゼロ距離に近づいていた人間の世界が、今回のパンデミックによってあらためて距離を取ることが求められている。東京に関していえば、1980年代以降につくられたものの多くが一時期はほぼ全滅しました。多くの娯楽や文化に溢れているのが東京の魅力であったのに、劇場も美術館もライブハウスも全部閉鎖されて、都市のメリットを失ってしまった。そのいっぽう、地元の商店街は買いものや散歩をする人間で溢れている。新宿や渋谷に人が密集するようになった1980年代以降の状況がリセットされて、東京がとてもシンプルな「下町」状態に戻っています。

こういった分散状況は2011年の震災以降にもありました。そのあと地方への移住者が増えました。このときは2、3年のうちに都市集中が再び始まりましたが、今回はもっと大きな変化が起こってくると思います。

―経済や健康について、未来に対する漠然とした不安を多くの人が共有している状況であると思います。だからこそ未来がどうなるか知りたいわけですが、逆に過去について知ることで未来を予測する材料を得ることもできる気がします。そこで気になってくるのが、中沢さんが継続的に唱えてきた、土地や地球の問題を通して世界を考える「ジオ」の思想です。

中沢:人間というのは、人間が作った文化だけでは自立できない存在です。人間自体が自然に埋め込まれている存在ですから、環境や自然と入れ子状態になりながら全体化しています。東京という都市をとりあげても、日本列島の成り立ちについて考えなければならないし、さらには、アフリカで誕生した人類が長い旅の果てにユーラシアの東の果てまでやってきて日本人の歴史が始まったという視野まで持つべきでしょう。そういった複雑で大きな現象に一歩でも近づきたいというのが、「ジオ」の考え方です。東京や大阪の都市をフィールドワークして古層に触れた『アースダイバー』もそういった仕事の一つとしてかたちになったものです。

その意味で、このコロナ禍はまさに地球の全体運動に関わっているといえるでしょう。コロナウイルスは中国の武漢から発生しましたが、ではなぜ中国だったのか? その原因を探っていくと、おそらくそれは1989年の天安門事件以降の中国の経済発展に深く関わっているように思います。中国人民の購買力や経済力を、欧米や日本の資本主義経済国家が必要とし、地球規模のマーケットに取り込もうとしてきたわけですからね。

中沢新一『アースダイバー』
中沢新一『アースダイバー』(Amazonで購入する

―鄧小平の提唱した社会主義市場経済が一気に発展したのが、まさに1990年代以降ですね。

中沢:そして中国は豊かになりました。人民の収入も増え、それまで制限されていた海外旅行もどんどんできるようになった。そういった人と物の流れが活性化する中で、今回のパンデミックも起きたのだと思います。もちろんこれは誰が悪いわけでもない。経済や自然環境の大きな、ジオ的変化の中で必然的に起きたものです。

マスメディアや政治家は「いかにウイルスと戦うか?」に重点を置いていますが、それは少し狭い視野かもしれません。もし仮に「コロナのアースダイバー」の研究を進めるとしたら、それはこれまで以上の広がりを持ったものになるでしょうね(笑)。世界史どころか、人類の全歴史に関わるものになると思います。

プロフィール

中沢新一(なかざわ しんいち)

1950年山梨県生まれ。宗教学・人類学・民俗学・現代思想など、学問の枠を超え、体当たりで人間の「こころ」を探る研究で知られる。主著に『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)、『対称性人類学-カイエソバージュV』(小林秀雄賞)、『アースダイバー』(桑原武夫学芸賞)など多数。近著に『レンマ学』がある。2011年より明治大学・野生の科学研究所所長。

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