人工知能が当たり前になったあとの、人間ならではの発想・英智とは何か?
―2020年から小学校でプログラミング教育が導入されました。実際はプログラミング言語を勉強するのではなく「プログラミング的思考を育む」ことが実施されます。『拡張現実的』でも触れていましたね。
川田:さっきも言いましたけど、僕は「苦手科目を得意科目にしていい」ということを学校に持ち込みたい。計算が苦手でも、計算機をプログラムして作ったら学校で使っていいことにする。新しい取り組みをするということは、旧来のルールを緩和することでもある。
「自分で作ったプログラムをいろんな教科に持ち込んでもいい」教育にシフトしたら、子どもたちはみんなプログラムを超覚えると思う。そういう拡張現実的なプログラミングの技術が、未来の日本を助ける。プログラミング的思考を教えるよりも、拡張現実的思考。そっちのほうが絶対いい。
―プログラミング自体がわからない学校の先生も多いですよね。
川田:もう、プログラマーを先生にするしかないですよ。やっぱりできる人が教えないと。英語教育の二の舞です。
―「苦手を得意にするような教育」が実現したら、子どもたちはどう成長すると思いますか?
川田:本当の意味での想像力がわくと思います。あと「人間がやるべきこと」「人間がやらなくていいこと」がわかる。
AIはすごく簡単に操れるし、AIに任せておけばもうほとんど記憶力はいらないわけです。そうなると人間は「記憶力の向こう側にある学力」を示していかないといけない。
AIはまだ「オレオレ詐欺」の反対語は「キミキミ融資」って指摘できない。ギャップが織りなす物語を想像できない。
―人間の役割が明確になってきますね。
川田:真鍋さんの闇を照らす「昼行燈」だって、AIから見れば「まだ発想できないこと」です。こうした発想の飛躍は、人間に与えられた余白の部分で、そこを育てたほうがいいと思う。
過去に誰かが作り上げた画風や文体は、すでにAIが上手にやってしまう。「こんな発想なかった!」ということでしか、次世代の作り手は存在感を示せないような気がします。
―AIというと、2019年はAI美空ひばりやAI手塚治虫などが登場した1年でした。
川田:AI美空ひばりは完成度の問題もあるけど、「気持ちの演出家」がいなかったことが問題だったと思います。
―最先端テクノロジーで人の気持ちを演出するのは難しそうですね。
川田:いままでのテクノロジーは、豪速球を見せて「速いね」と言わせたら終わりでした。驚きや凄みを示せばよかったのだけど、僕はそれを見たときに人間はどういう気持ちになるかを考えます。寂しい気持ちになるのか、励まされた気持ちになるのか。
AIも含めたいまのテクノロジーが向かっているのは、いろいろな人が「自分はもういらないのではないか」と自信をなくす方向だと思うんです。そうではなくて、テクノロジーを使うなら苦手だったところはAIに任せて、いままで手を出さなかった分野にも挑戦できるのが、本来的なテクノロジーの価値。
「教育で大事なのは、読んだり体験した人が、自分で続きを書きたくなること」
―ポジティブな気持ちを育てることで発想も育っていきそうですよね。
川田:そうですね。僕は最先端のことを「簡単そうだな」「軽やかにやってるな」と思われたい。重いものを軽くしたい。だから「あ、自分にでもできそう」と思えるような敷居の低いことをやり続けています。
それでやってみたら、いろいろな仕組みや、足りないものがわかってくる。それが教育だと思います。豪速球を見せて「ハイ、終わり」では育っていかない。
続きを自分で知りたくなることが大事です。自分で読んだり体験した人が、自分で続きを書きたくなるようなことが教育、芸能、芸術すべてに大切です。
―「重いものを軽く」というと、重力などの物理的なものをイメージしますが、感情面でも軽やかさを大事にされているんですね。
川田:たとえば、ブランディングや広告は軽いものを重くすることです。ここにある「ただの水」も、カッコいいパッケージをつけることで「おいしい水」に見せることができる。
自分はそう思わない。クソリプの類いが生まれる理由もすべて同じ。軽いものを重く見せることはいろいろな人が考えるけれど、本当に難しいのは、重いものを軽くすることだと僕は思います。最近自殺の報道が散見されますが、究極的にはやっぱり死にたいとか思わないで欲しいんです。だから、周囲の人たちの気持ちを軽くすることができる人間が増えたらいいなと思います。
―重力だけではなく、感情面でも軽くしていく。『拡張現実的』の中でも、「隣にいる人を楽しませたいから作る」という話をされていましたね。
川田:自己啓発やブランディングは自分を高めることですが、そういう楽しみもありつつ、自分を軽く見せるよさもありますよ。「この人、ほんとにバカなんじゃないかな」「この人、どうやって食べてるのかな」とか。
たとえば、みうらじゅんさんの生き方は羨ましい。どうやって食べているのかなと思うけれど、本当は本格派の研究者だったりする。みうらさんは軽やかにいろいろものを紹介してくれますよね。自分のお名前をひらがな表記にされているのも、自分の存在を少しでも軽く見せたいからだと思われます。
―ひらがな、軽いですね。
川田:軽やかにする方法をみんな自分なりに持っておくと、近くの凹んでいる人や気分が落ちている人の気持ちも明るくできる。だから明確ですよね。スポンジの作品とかもさ、軽やかでしょ。
書籍情報
- 『拡張現実的』
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2020年4月2日(木)発売
著者:川田十夢
価格:1,650円(税込)
発行:講談社
- 『超発明 創造力への挑戦』
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2014年3月10日(月)発売
著者:真鍋博
価格:814円(税込)
発行:ちくま書房
イベント情報
- 『おさなごころを、きみに』
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2020年7月18日(土)~9月27日(日)
休館日:月曜日(8月10日、9月21日は開館)、8月11日、9月23日
会場:東京都現代美術館 企画展示室 3F
プロフィール
- 川田十夢(かわだ とむ)
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1976年、熊本県生まれ。1999年にミシンメーカーへ就職、面接時に書いた「未来の履歴書」に従い、全世界で機能する部品発注システムやミシンとネットをつなぐ特許技術発案などを一通り実現。2009年に独立、やまだかつてない開発ユニット「AR三兄弟」の長男として活動を開始。ジャンルとメディアを横断し、AR(拡張現実)技術を駆使したプロダクツやエンターテインメントの企画・開発・設計を担う。主なテレビ出演に『笑っていいとも!』『情熱大陸』『課外授業 ようこそ先輩』『タモリ倶楽部』など。ユニコーン、真心ブラザーズ、BUMP OF CHICKENといったミュージシャンとのコラボレーション、『自販機AR』(コカ・コーラ)、『星にタッチパネル劇場』(六本木ヒルズ)、『ワープする路面電車』(広島)、新海誠監督のアニメーション作品の拡張現実化など、劇場からミュージアム、音楽からアニメーションに至るまで多岐にわたる拡張を手掛ける。文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査員主査。毎週金曜日20時から放送のJ-WAVE『INNOVATION WORLD』のナビゲーターも務める。