川田十夢が、技術主導ではなく「こう在りたい」から考える未来

川田十夢が、技術主導ではなく「こう在りたい」から考える未来

2020/08/25
インタビュー・テキスト
野口理恵
撮影:関信行 イラスト:fancomi 編集:川浦慧(CINRA.NET編集部)

これからは個人の価値観を翻訳する時代。川田の発明品②「一瞬にして他人になれる装置」

―『科学技術白書』で描かれているのは2040年の未来予測でしたが、川田さんは未来はどうなると思いますか?

川田:僕が示したいカラフルな未来は「一瞬にして他人になれる未来」です。「どうしてあの人、怒ったんだろう」と思ったときにチャンネルをひねる感覚で、その人の立場になることができる。

その人が感じたニュアンスを自分の言葉に一瞬にして翻訳できるわけです。その人にはその人の正義があり、それをわかり合える未来にしたいですね。

そういう意味では、西野カナは「未来だな」と思うんです。西野カナは自分の「トリセツ」を歌越しにみんなに渡してるでしょ。

「自分はこういう人間ですよ」という自分のカルテを持っていれば、トリセツ同士が反応してお互いの共通点を見つけるかもしれない。そういう言語の翻訳はすごく簡単にできそうです。

―人間の気持ちや経験を翻訳するということですね。

川田:そう。これからは個人の価値観を翻訳する時代だと思いますね。たとえば、材木師の眼を一瞬にしてダウンロードできるようになる。

材木屋からすると熟練の技や眼があるから、この木材が何枚でできているかがわかる。一瞬にして誰かの眼になるというのはそういうメリットもあります。

逆に言うと、何十年も修行しないとできなかったような熟練の技や経験が売り物になるわけです。20年前に僕が発明して特許をとった「上手になるミシン」は、最初から上手な人の技術がミシンに備わっていていきなり上手に縫えるものです。

―スキルをお金に換えることができるわけですね。

川田:そう。そして誰かが熟練の技をダウンロードしたら、クリエイターズスタンプみたいな感じで、その経験の持ち主のところにフィードバックされる。こういうのが一番いい未来だと思いますね。

いまのところ音楽や文章にしか著作権がないけど、今後はいろいろな技術に著作権が出てくるはず。一瞬にして誰かの技術や経験を手に入れて、誰かになることができる。

夢みたいなことに課金したい。一瞬にしてバク宙ができるようになるとかね。その経験の主にお金を支払えるようになると、未来は明るいです。

「一瞬にして他人になれる装置」のイメージ。たとえば、ボディースーツに体操の「白井健三」をダウンロードしたら「シライ」を決めることができる
「一瞬にして他人になれる装置」のイメージ。たとえば、ボディースーツに体操の「白井健三」をダウンロードしたら「シライ」を決めることができる

―実現するためには技術的にどのようなことが必要ですか?

川田:いまはAIの設計自体が全部一緒くたなんですよね。脳は同じような構造のニューロンネットワークによって構造化されているけど、脳の形や考え方はみんな同じではない。言語体系にしたって、日本語は特殊なので、海外のモデルをそのまま使っても使いものにならない。

テンプレ化したAIのライブラリ群から発想するのではなく、もっと個別で固有の経験が脳のどこに収まっているのか、脳科学や神経科学、言語学の分野で日夜行われている最新の研究と接続してゆくことで、本当の進化が始まる。あと20年くらいかかるかな。

記憶や経験の保存方法と取り出し方法さえわかったら、一瞬にして誰にでもなれる。20年あれば重いものを軽く持ち上げられる外骨格も進歩しているでしょう。

―ちょうど2040年ですね。今後、さまざまな研究分野は拡張していき、分野を越えて発想を出し合うことが大事になってくるということでしょうか。

川田:そうですね。僕は毎週ラジオをやってるのですが、さまざまな分野の研究者や一線で活躍する異ジャンルの芸術家と会話を重ねているうちに「あ、ここまで進んでるんだ」と思ったり、自分のプログラミングで近々に扱えるようになる関数を把握しながら、未来のことを考えています。

誰か固有の人間の価値を高めるためだけに技術を使うような変な方向にテクノロジーがいかないようにしないといけないな、とか。いまは固有の経験や記憶という人間の価値が軽んじられていて、ごく一部の何にもしてない人がお金をもらっている。そうではなくて、テクノロジーを使うことで、固有の経験やその人が積み重ねてきたことに対する対価をきちんと当事者に渡していきたいですね。

川田十夢

書籍情報

『拡張現実的』
『拡張現実的』

2020年4月2日(木)発売
著者:川田十夢
価格:1,650円(税込)
発行:講談社

『超発明 創造力への挑戦』
『超発明 創造力への挑戦』

2014年3月10日(月)発売
著者:真鍋博
価格:814円(税込)
発行:ちくま書房

イベント情報

『おさなごころを、きみに』

2020年7月18日(土)~9月27日(日)
休館日:月曜日(8月10日、9月21日は開館)、8月11日、9月23日
会場:東京都現代美術館 企画展示室 3F

プロフィール

川田十夢
川田十夢(かわだ とむ)

1976年、熊本県生まれ。1999年にミシンメーカーへ就職、面接時に書いた「未来の履歴書」に従い、全世界で機能する部品発注システムやミシンとネットをつなぐ特許技術発案などを一通り実現。2009年に独立、やまだかつてない開発ユニット「AR三兄弟」の長男として活動を開始。ジャンルとメディアを横断し、AR(拡張現実)技術を駆使したプロダクツやエンターテインメントの企画・開発・設計を担う。主なテレビ出演に『笑っていいとも!』『情熱大陸』『課外授業 ようこそ先輩』『タモリ倶楽部』など。ユニコーン、真心ブラザーズ、BUMP OF CHICKENといったミュージシャンとのコラボレーション、『自販機AR』(コカ・コーラ)、『星にタッチパネル劇場』(六本木ヒルズ)、『ワープする路面電車』(広島)、新海誠監督のアニメーション作品の拡張現実化など、劇場からミュージアム、音楽からアニメーションに至るまで多岐にわたる拡張を手掛ける。文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査員主査。毎週金曜日20時から放送のJ-WAVE『INNOVATION WORLD』のナビゲーターも務める。

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