世界で一番進んでいたレコード文化の国の変化 佐々木敦に聞く

世界で一番進んでいたレコード文化の国の変化 佐々木敦に聞く

2020/09/02
インタビュー・テキスト
金子厚武
撮影:天田輔 編集:柏井万作(CINRA.NET編集長)

「25年前だったら渋谷だけど、今だったらここだね」っていう、その「ここ」はもうないんだと思う。

―それってもちろんいい面でもあるけど、文化的な転換にもなったわけですね。

佐々木:起こらなくていい事件が起こらなくなるのはいいことだけど、尖った文化の発出って、ややノーマルではないライフスタイルとも繋がっているので、そこが抑え込まれちゃうと、渋谷発の文化みたいなものも衰退するというか、少なくとも変質して、その代わり、もうちょっと大人の文化が入ってくる。恵比寿とか表参道らへんの感じのものをどうやって渋谷に導入するかっていうのが、テン年代からの渋谷のモードだよね。駅の向こう側は完全にそうだから。

佐々木敦

―ヒカリエであり、スクランブルスクエアであり。

佐々木:渋谷っていう街が復活するためには、「若者の街」だけをやるのはもう無理があるというか……渋谷が若者の街として近年話題を集めたのはハロウィンだけで、でもそれもだんだん薄れてきていてる。ハロウィンでワーッと人が集まるのって、すごく嫌なんだけど、その一方ではちょっとアガる感じもあって、「昔こういう感じあったよな」「こういう人たちまだいたんだ。渋谷に来なくなっただけなのかな」とか、思わなくもなかったです。

―そうして渋谷という街が質的に変化していった中で、佐々木さんは渋谷から離れることは考えなかったのでしょうか?

佐々木:なくはなかったけど……かつて渋谷を選んだときと同じような気持ちになる移転先は思いつかなかった。もちろん、今さら移転するのがめんどくさいっていうのもありますけど、「25年前だったら渋谷だけど、今だったらここだね」っていう、その「ここ」はもうないんだと思う。

それは渋谷が変わった、俺が変わったってだけじゃなく、もっと大がかりな意味で、そう思わざるを得ないというか。ただ、当時の渋谷がそれくらい魅力的だったのは確かで、その残り香は今もないわけじゃない。もはや「音楽の街」ではないかもしれないけど、それでもレコ屋が全部なくなったわけではないし、可能性はある街だと思う。だからこそ、今も変わり続けてるわけでさ。

渋谷は東京の中で一番尖った街だからこそ、その中で特殊なことをやってみようぜって気持ちがあった。

―それでは改めて、音楽文化的な側面からお話を伺いたいと思います。レコード文化や1990年代といえばまず「渋谷系」を思い浮かべますが、佐々木さんはどんな距離感で接していたんですか?

佐々木:渋谷系って言葉自体わりと謎というか、結局「渋谷HMV系」みたいなことだと思うんだけど、当時の僕は完全な洋楽型ライターで。もちろん邦楽も聴いてはいたし、渋谷系周りの人と繋がってはいたけど、ちょっと距離はありました。

渋谷系が1990年代前半に盛り上がって、1995年の時点でもその残り香みたいなのは全然あって、HMVもーー今はその後にできたFOREVER21すらつぶれちゃったけどーー付かず離れず感はあったかな。どっちかっていうと、当時の僕は1990年代にバーッと出てきたダンスミュージック、クラブミュージックが一番の主戦場だったけど、それも人脈的には渋谷系的なものとリンクしてたし。

佐々木敦

―渦中にいたわけではないけど、繋がりはあったと。

佐々木:若かったこともあって、渋谷系的なものとか、渋谷でのトレンド的な音楽のあり方に対して、ちょっと構える部分もあって。かっこつけも含めてだけど、俺はもっとアンダーグラウンドな、よくわかんない国ーー当時だから、せいぜいドイツとかなんだけど(笑)ーーから出てきた新しいレーベルを押すんだよ、みたいなね。だから、渋谷に事務所を作ったけど、「渋谷的なものには染まりたくない」「渋谷の例外でいたい」みたいな気持ちはありました。実際HEADZってそういう感じの立ち位置で、でもやっぱり渋谷にいたから、結局だんだん混じってきちゃうっていうか。

―1990年代の渋谷って、音楽以外も含めた様々な文化が混ざり合って熱を帯びていた街だったと思うんですよね。だからこそ、『UNKNOWNMIX』というイベントをやられていた佐々木さんがそこで事務所を開くというのは、イメージ的にリンクするものがあります。

佐々木:新宿のレコード屋さんとかにも親しい人はいっぱいいたんだけど、渋谷は音楽の街であり、ユースカルチャーの街であり、東京の中で一番尖ったところだっていうイメージがあったからこそ、その中で特殊なことをやってみようぜ、って気持ちがあったんじゃないかな。

8月に刊行された佐々木敦の新著『批評王——終わりなき思考のレッスン』(工作舎) /
8月に刊行された佐々木敦の新著『批評王——終わりなき思考のレッスン』(工作舎) / (Amazonで見る

佐々木:あとは、小っちゃいレコ屋がたくさんあった一方で、タワーレコードもあったわけですよね。渋谷のタワーレコードって、「手に入らないCDはない」って言われてたくらい、世界中のCDが何でもあったんです。だんだんHEADZが外国のミュージシャンを日本に連れてくるようになって(Tortoise、The Sea and Cake、MOUSE ON MARS、OVAL、ジム・オルーク、カールステン・ニコライ、JOAN OF ARC、FENNESZなど、HEADZが来日を企画した海外アーティストは数知れず)、タワレコに連れていくと、みんな本当に驚くんですよ。CISCOみたいな小っちゃいレコード屋さんがたくさんあった一方で、タワーレコードっていう何でも売ってるスーパーマーケットがあって、その両極の中で動けるっていうのが大きかったと思いますね。

サイト情報

『YOU MAKE SHIBUYAクラウドファンディング』
『YOU MAKE SHIBUYAクラウドファンディング』

23万人の渋谷区民と日々訪れる300万人もの人たちが支えてきた渋谷の経済は“自粛”で大きなダメージを受けました。ウィズコロナ時代にも渋谷のカルチャーをつなぎとめるため、エンタメ・ファッション・飲食・理美容業界を支援するプロジェクトです。

書籍情報

『批評王——終わりなき思考のレッスン』
『批評王——終わりなき思考のレッスン』

2020年8月26日(水)発売
著者:佐々木敦
価格:2,700円(税込)
発行:工作舎

プロフィール

佐々木敦(ささき あつし)

文筆家。1964年、愛知県名古屋市生まれ。ミニシアター勤務を経て、映画・音楽関連媒体への寄稿を開始。1995年、「HEADZ」を立ち上げ、CDリリース、音楽家招聘、コンサート、イベントなどの企画制作、雑誌刊行を手掛ける一方、映画、音楽、文芸、演劇、アート他、諸ジャンルを貫通する批評活動を行う。2001年以降、慶應義塾大学、武蔵野美術大学、東京藝術大学などの非常勤講師を務め、早稲田大学文学学術院客員教授やゲンロン「批評再生塾」主任講師などを歴任。2020年、小説『半睡』を発表。同年、文学ムック『ことばと』編集長に就任。批評関連著作は、『この映画を視ているのは誰か?』(作品社、2019)、『私は小説である』(幻戯書房、2019)、『アートートロジー:「芸術」の同語反復』(フィルムアート社、2019)、『小さな演劇の大きさについて』(Pヴァイン ele-king books、2020)、『これは小説ではない』(新潮社、2020)他多数。

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